桜島 太郎

悠大なる桜島を毎朝眺めている男

2019年03月

 夢を語るには歳をとり過ぎているが,その夢の話ではない。私はここ数年毎晩,朝まで記憶に残る夢をよく見る。多い晩に三本だて少なくても一本は必ず見る。過去の出来事様なものもある。私の人生, 消化不良なのか。多くのキャストに囲まれ細やかなストーリーである。ところがである。先日初めて天然色というかカラーの実に綺麗な風景のなかでの感動深き夢を見た。地中海らしき海岸に立ち海・空が綺麗で街並みもとても感動的で心震える思いであった。目覚めて解析するに今読んでいる「オスマン帝国」に関する本の一冊にすべてのページがカラー写真・絵画で帝国内の風景・城郭・戦い・皇帝人物画のオンパレードで実にカラフルなのである。この本を見たせいであろう。  
 話かわり昨日は恒例の従弟花見会を行い。満開の桜の下で同年代の男
子5名と4人の奥様方と楽しく過ごした。西行の歌を思い出す

    願わくば  花の下にて  春死なむ
          そのきさらぎの   望月のころ

 そしてそのとおりになったと聞く。突然出家した理由は,公家・武家社会にはかなさを覚えた。高貴な方への道ならぬ想い。短歌を極めたいとの思い。等々だそうであるが,そのすべてではなかろうか。

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 近くの遊歩道散歩道を久しぶりに散策する。片手にスマホ持ち若き日によく流れていた歌謡曲を聞きつつ歩く。先日実家竹山作業中に左人指指を負傷,バレー・水泳もできない日々が続いている。学生時代は武道とダンスに明け暮れた。その当時の歌謡曲がなつかしくユーチューブにて
  宗右衛門町ブルース 中の島ブルース ブルーライトよこはま
等聞いている。若い頃,ダンスホールにて流れていた曲はとくになつかしい。部活のためバイトもままならずいつも金欠病人であった。50円をポケットに入れてよく近くのダンスホールに通ったものである。知らない故の何も怖くないない日々であった。しかし

   ただ広い 大海原に こぎだす日
         絶望の日や 近しとも知らず
である。それ故に青春は尊いのか。

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 先日娘42歳の誕生会をレストランにて行った。移植後元気に日々を過ごし先月は海外旅行にも行っている。会食後娘宅に立ち寄ったが最近よくさせられることがある。それは中二になる孫(男子)との背比べである。
   せいくらべ 孫に身長 並ばれて
 成長の早さに驚かされる。
   青竹よ まっすぐに伸ばせ 身とこころ 

 読書の話に移ると,しばらくは先の大戦前後の中国の歴史に関する本であった。今は中東の「オスマン帝国」とあまり知らない「カザフスタン」に関する本を読んでいる。中東過激派の誕生の背景等深く知りたい。今のところ分かるのはその地域の宗教性・他民族性・西欧やロシアアジアとの確執等複雑に絡む。

イメージ 1 西欧諸国の近代化に取り残され徐々に国土を侵蝕され今のトルコ国の広さとなる。

 数年前であるが国内ホテルにて一回と海外の中華専門店での計二回,目を疑うようなマナーを目のあたりにした。歴史的に我が国の範にもなった国の末裔なのだろうかとも思った。そのため今, 中華国の歴史に関する図書を数冊読んでいる。その結果の考察として
 ・100年を超す動乱の時代が続いたこと。
 ・大国は人口国土ともとてつもないものであり乱れると収支がつかな
  くなるものである。
 ・他者を気づかうような秩序は育つべくもなく他者を踏み台にせねば
  生き抜けなかった汲むべき事情
等から起因していることと思うことであった。その長き動乱の一因に我が国の侵略がある。国民国家が成立する前に西洋国等に蹂躙されたもので我が国はその轍を踏まぬように刻苦し近代化を成し遂げた。
イメージ 1 中国で観光したい場所は万里の長城であるが,中国の国土の広さを物語る史跡であろう。


 昨日田舎の竹林の手入れを一年ぶりに行った。竹の一生は約10年にてその寿命を終えると自然に枯れるように倒れるようである。300坪ほどの広さの土地に竹がいっぱいであるが1年間に約20本以上が枯れてくる。昨日はこの枯れ竹をチェンソーにて倒し2メートル幅に切って片づけた。
   青竹よ 黙し語らず 10年を
      ただ風に舞い ただ風を舞う

イメージ 1 竹林のなか携帯イスに座り見上げる。そこに笹ずれのねと青き空がある。
   笹ずれに せきじつ(昔日)の日々 しのばれて
 当地に父方の江戸期の家屋・畑があったと聞く。馬屋もあり家畜がいて騒がしかった生活の場でもあったろう。 
           

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